平行線は交わる?

高校生くらいになると「もう数学は嫌だ」となる人は多いのではないでしょうか。一年生くらいから文科系になることを決め込んだりして、漢字や年表を暗記するという勉強?に走ってしまったりするものです。大人になってクイズ番組でマニアックな漢字の読み方を当てて得意げになるのが関の山であったりしませんか?

でも実は、数学というのは自然を厳密に掌握するという学問ではなさそうです。数学というのはもともと応用数学、もっというなら遊びだったともいえるのです。たとえば、「三角形の内角の和が180度より大きい」または「三の内角の和が180度より小さい」という命題からも「平行線は交わらない」という証明が可能なのです。

ところが、そうなると三角形の定義(これ以上基礎づけできない説明)「三角形の内角の和は180度である」をもとにした従来のユークリッド幾何学は根底から覆されることになります。実は18世紀半ばからその存在を知るものはいたのです。ガウスはそれがどんな危機をもたらすのか想像したからそれを抑圧し公言しなかったといわれています。

その後、19世紀半ばに発覚し、「数学の危機」が訪れます。ユークリッドの権威にあぐらをかいていた人たちは動揺し、ひよっとすると平行線はどこかで交わるのではと疑いかけるのです。

知覚・感覚に頼った学問を批判する英文をがありますので上げておきたいと思います。

①What goes beyond Euclidean geometry is logically possible, it is true, but it is not constitutable. ②This meas that it is not intuitively constitutable.  ③And this meas, in return, that for Kant it does not exist mathematically. ④Only Euclidean geometry exists in the mathematical sense, whereas all non-Euclidean geometries are mere thought-object.
 (訳出例)

①ユークリッド幾何学を論理的に超えるのは可能だ。だがそれは構成できない。②つまりそれは直観的に構成しえないのだ。③そして裏を返すと、カントにとってそれは数学的に存在しないことになる。④ユークリッド幾何学のみが数学的な意味で存在する。一方、あらゆる非ユークリッド幾何学は思惟の産物にすぎない。 

英文のポイント

 It is + 判断を示す形容詞 + that 節の扱い

(①ではit is true が挿入されthatが消えた変形型になっています。)

この形式は主にthat節に対して論証済みを表します。

それに対し、truelyという副詞を入れるとそれは

 

ⅰ)譲歩を示し後に反論を行う目印

ⅱ)これまでの説についての裏付け

 

 

のいずれかなのです。英語はそうした法表現に作者の表情・主観的判断が現れるのです。 他にも、It is obviousと obviously, It is clearとclearlyにもそうした法は使われます。

私見

「三角形の内角の和が180度より大きい」というのはまったく知覚・経験・現実から乖離しているのですがそんなことはお構いなしにできたのがこうした非ユークリッド幾何学と呼ばれるものだそうです。つまり一つの定理から無矛盾に組み立てることで一つの体系、リーマン幾何学が完成したわけです。

しかし、リーマン幾何学はこの英文がいうようなたんなる思惟の産物では終わりません。私たちの経験的・知覚的なものは平面の均質空間に依存しています。ところがユークリッド幾何学のベースを平面ではなく、実際私たちが生きる地球つまり大きな球に変えるとユークリッド幾何学もまた「平行線は交わる」という証明は可能なのです。事実、赤道に垂直な二つの経線は北極と南極で交わっているのですから。

私も理系人間ではないので、説明が不足しているのは認めます。ただいいたかったことは経験的・具体的なものを私たちは重視しがちですが、視野を広げるためには形式的なこと、抽象的なことに取り組むことで新たな世界が発見できるということです。この数学の危機というのは良い教訓ですね。