冷戦などなかった ~世界資本は社会主義を包含することでうまくいった

1989年といえば世界史上の大きな契機に数えられましょう。冷戦時代の終焉、ソビエト連邦の崩壊があった年ですね。

ですが、冷戦時代といっても、70年代にはほとんど社会主義国の制度は疲弊していました。そして世界資本主義はそれを内部に取り込むことでうまく機能していたのです。それは企業内外に労働組合があって多少のベースアップで消費が増え、総体としての企業は喜ぶというのと同じ論理です。

フランシスフクヤマという政治学者は自由主義・資本主義の勝利を声高に主張したのですが、グローバリゼーションという世界資本主義は次第に綻びがでてきました。狂信的な宗教原理主義の台頭、それがひきおこしたニューヨーク同時多発テロ事件、南北問題の拡張などですね。

批評家柄谷行人さんはその時期に、18世紀の哲人カントに向かったのです。50歳からカントを再読されたのですが、本業とはいえスゴすぎます。

ではなぜ、1989年に誰も関心を示さないカントに走ったのでしょう?その答えとなる英文がここです。

 ①The collapse of the socialist bloc in 1989 compelled me to change my stance. ②Until then, I, as many others, had been rebuking Marxist state and communist parties; that criticism had unwittingly taken for granted their solid existence and the appearance that they would endure forever.③ As long as they survived, we could feel we had done something just by negating them. ④When they collapsed, I realized that my critical stance had been paradoxically relying on their being. ⑤I came to feel that I had to state something positive.⑥ It was at this conjuncture that I began to confront Kant. 

(訳出例)

①1989年社会主義圏の崩壊は私に態度の変更を強いた。②その時まで私は他の者たちと同じようにマルクス主義国家と共産党をずっと批判していた。その批判は不意にその強固な存在と永遠に存続するであろうという外観を自明視していた。③それらが存続する限りそれを否定するだけで何か成し遂げた気になれたのであった。④ところがそれが崩壊して分かったことは私の立場が逆説的にその存在に依拠していたということだ。⑤そして何か積極的なことをいわねばならないと感じるようになった。⑥このからみにおいて私はカントに向き合い始めたのだった。

英文のポイント

  副詞要素 S  V  の語順

②③④はいずれも文頭に副詞節がきています。その時の副詞要素の機能としましては

a) コントラストを示す

b)ローカルな文脈を設定する

のいずれかです。②と④は「社会主義国が崩壊するまで」と「それが崩壊したとき」ですので、これはコントラストをなしてるといえましょう。

ところが②と③は「社会主義国が崩壊するまで」と「それが存続する限り」ですので同義ですね。言いかえにすぎないのですから②⇒③という展開はないのです。

こういった文頭の副詞要素を押さえることは英文理解に欠かすことができません。

 過去完了について

過去完了は過去の特定時点よりもさらに遠い過去を示します。文章中に過去完了に出くわすと敏感に反応しそれがどの特定時点を示すものなのかを文章中に確認することが大切です

ここでの特定時点はズバリ①のThe collapse of the socialist bloc in 1989「1989年の社会主義圏の崩壊」です!

 強調構文で強調されるのが副詞要素の場合

It is ….that において….に入る語は「他ならぬこれ」というニュアンスが加わります。それはコントラストが生じるのを防ぎますから、条件・譲歩の副詞要素は使われません。場所・時・理由・方法なら用いることができるのです。

そしてもう一つ大事なのは、強調されるのがat this conjuncture「このからみ」という旧情報ですので,that節は新情報として新たな展開に入ることになります。

 解説

上で引用した英文は [ Transcritique ~Kant and Marx] の前書きから一部抜粋したものです。日本語にしますと「カントとマルクスの間を横断しながら批評する」ということですね。

柄谷行人さんの愛読者はこのタイトルから彼の批評家としての態度を読み取れると思います。彼は意識して評論家という立場を避け批評家にこだわっていました。ある作品・作家を評価するときに自分に都合の良い価値基準は設定せず、異なる前提・規則を持つ他者として尊重することで自らも不安定な場に置くということをしたのです。彼が好きな坂口安吾のいう堕落もそういう意味でとらえています。戦後一夜にして、愛国主義から民主主義へとすんなり移行したことで、安吾は信じるものがなくなった。しかし、自殺することもニヒリズムに堕ちることもなく、無から新たな価値を創ろうという始まりに堕落があるというのです。「たんに女や酒に溺れろ」というヤケクソではありません。

自らを批評家と名乗っていたこの時期、柄谷さんはウィトゲンシュタインをメインに規則を共有しない相対的な他者論をやっていましたが、1989年ソビエト連邦が崩壊したときに、18世紀の哲人カントに向かったのです。それ以前は、主観的道徳者として片づけていたのですが50歳からカントを再読されたのです。ここで『トランスクリティーク~カントとマルクス』が始まったのです。

批評する者も相対的立場に置くというのは立派な姿勢ですよね。彼の歴史は大きく分けると、文芸評論家、批評家、哲学者と変遷してきました。しかし中間の批評家という時期がもっともスイスイと作品を書けた時期だといっています。敢えて言うと、相対的立場というのはそれぞれが好き勝手にやってよいということにもなります。曲解して解釈するとこれは資本主義を肯定する立場です。

「共産主義の惨状をみよ!高邁な理想など持たずその場その場で臨機応変に矛盾を解決すればよい」というのが当時の左派の主流でした。ところが実際、社会主義大国が消滅してしまった時そんな呑気な考えが吹っ飛んだわけです。柄谷さんは今でも共同体(学校、会社、家庭など)の道徳には否定的です。しかし、カントの理念を統制的理念として読んだわけです。それは実現不可能であるがゆえに大事である」のです。

興味のある方は、日本語版でも英語版でもいいので、是非手にしてみてください。